
赤神神社(五社堂)
あかがみじんじゃ(ごしゃどう)
Akagami-jinja Shrine <Gosha-dō>
赤神神社の予備知識
赤神神社は『五社堂』の通称で知られる、由緒ある神社です。その名が示す通り、鬼が作った999段の石段と5棟の社殿で知られています。
赤神神社の所在地
赤神神社の祭神
ニニギ(瓊瓊杵尊)は天孫降臨で知られるアマテラスの孫ですね。
主祭神 | ニニギ(天津彦根火瓊瓊杵尊) Amatsu-Hikone-no-Ninigi-no-mikoto | 赤神山大神とする説もあり |
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赤神神社を主観的に格付け
由緒
第12代景行天皇はヤマトタケル(日本武尊)の父です。実在したとすれば4世紀頃だろうと言われていますが定かではありません。
社格
知名度
県外での知名度は低いと思われます。ただ、私が参拝した時は連休中だった為か、栃木や群馬からの参拝者に出会いました。
アクセス
- 男鹿市中心部→車で20分
スケール
石段は長いのですが、広いとは感じません。
観光
潮瀬崎のゴジラ岩とセットで観光しましょう。
パワー
赤神神社の周辺地域
男鹿半島の地政学
秋田のハナ
赤神神社は男鹿半島の先の方にあります。秋田県の出っ張りといえば大抵の人はわかるでしょう。
また、半島の付け根には八郎潟という大きな干拓地がありますが、かつては湖でした。
交易の拠点
海流に乗れば自ずと男鹿半島にぶち当たることから、古代から交易の拠点であったことが考えられます。特に古代には、渤海国など現在でいうロシア沿海地域との交易があったと言われています。
ナマハゲ

ナマハゲはこの地方伝統的な行事で、ユネスコ無形文化遺産にも登録されています。鬼のコスプレを着た村人が家々を訪問して悪事をしたり仕事を怠けたりしないよう諭して廻るという…
ところで、『なまはげ』と平仮名で表記するのが一般的だと思います。しかし当サイトでは便宜上、カタカナ表記にさせていただきました。固有名詞にひらがな使うのは好きじゃないので。
前漢皇帝来訪説
ちなみに、この地方には前漢の第7代皇帝である武帝(B.C.141 – B.C.87)が鬼たちを引き連れてやって来たという伝承があります。実は、この鬼たちこそがナマハゲのルーツだという説があります。まあ、あくまで伝承です。
ただ、この伝承が赤神神社の創建にも関わってくるので、いったん頭の片隅に入れておいてください。
潮瀬崎
さて、秋田空港でレンタカーを借りて、赤神神社を目的地にセット。1時間以上かけてようやく目的地近くに…と思いきや、プチ渋滞。
どうやら、前方の車の列は潮瀬崎のゴジラ岩が目当てのようでした。ちなみに私は赤神神社で別の参拝客の方から教えてもらい、帰りに寄りました。
ここにはゴジラ岩をはじめとし、独特な形をした岩が数多く存在します。大昔の火山の噴出物が、風化や波の浸食によって独特の形に削り出されたものなのだそうです。


ゴジラ岩
潮瀬崎の灯台がある方向へと歩きます。どうせ無理やりゴジラにこじ付けた程度のものだろうと、あまり期待していなかったのですが…
おーーこれはすごい
確かに、ゴジラが荒野を闊歩しているように見えます。逆に天気悪い日のほうが雰囲気出たかもしれません。
年月とともに形が変わっていっているそうで、あと何年かでゴジラの形ではなくなってしまうそうです。
まあ、そこは行政が無理やりにでも修(以下ry




ナマハゲ立像
潮瀬崎からもう少し先に進むとナマハゲ像が見えて来ます。そこに観光駐車場があります。石段を1段目から登りたい場合は、ここに停めるのが無難です。

赤神神社五社堂
参道入口
さて、先ほどのナマハゲ駐車場から少しだけ坂を登れば五社堂こと赤神神社の入口があります。ここから五社堂までの石段は999段あるそうです。1段目から登りたい場合は、ここから入りましょう。
余談ですが、帰りにこの付近で野生のタヌキを見かけました。きょとんとこちらを見ていて、可愛らしいものです。


石段の由緒
この999段の石段ですが、先述の武帝が引き連れて来た5柱の鬼によって建造されたそうです。鬼たちは毎年の正月休みに大暴れするので、困った村人たちは武帝に掛け合いました。そして、一夜で1,000段の石段を建造することができなければ退去するという条件を武帝は承諾しました。しかし、あと1段というところでニワトリの鳴き声が聞こえたので、武帝と鬼たちは約束通り退去したのだそうです。
あくまで伝承ですが、きっと歴史的事実に尾ひれがついて伝えられたものだと思います。
ちなみに、鬼たちが退去したらそれはそれで寂しかったせいか、正月休み頃に鬼のコスプレを着て練り歩く行事が定着しました。それがナマハゲの由来なのだそうです。
楼門
石段の段差自体は大したことありませんが、段差や石の大きさがまちまちなので、けっこうハードに感じます。
だいだい300段目あたりでしょうか。楼門が見えてきます。楼門を潜った先に、駐車場とトイレがあります。1段目から登りたいのでなければ、ここに停めるのも良いでしょう。
長楽寺
また、反対側には長楽寺という仏教寺院もあります。神仏習合の時代は、ここも赤神神社の一部だったのでしょう。

宝篋印塔・徐福塚
駐車場や長楽寺の少し先にある鳥居を潜ると、宝篋印塔や徐福塚などがあります。
徐福
そんな徐福にまつわる伝承は日本全国の各地に存在しますが、ここ男鹿半島もその一つです。実際のところ、先述の武帝に関する伝承にしてもそうですが、太古の昔に外国からの渡来人が定着したという事実はあったのだと思います。それが時代とともに、主語が徐福や武帝に置き換わっていったのではないでしょうか。



楼門〜五社堂
さて、残り600段だか700段だかわかりませんが、後は五社堂を目指すのみです。ここから先は、何段目か数える気もしなくなります。
私事ですが、残り100段あたりでちょっとしたハプニングがあって、二度登るハメになりました。
姿見の井戸
五社堂の手前付近、左手に井戸があります。何やら怖い説明書きがあります。
“水鏡に自分の姿が映らない人は3年以内にタヒる”
ただの言い伝えですが、気にしぃな人は見ない方がいいでしょう。でも、映らなかったら映らなかったで、警告だと思って生活習慣に気をつければ良いことです。


五社堂
さて、やっと辿り着きました。五社堂に。
写真で見ていたとはいえ、実際に来て見るとなかなか壮観です。ゴ●ンジャーみたいでかっこいいですね。




配置 | 左端 | 左から2 | 中央 | 右から2 | 右端 |
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社名 | 十禅師堂 Jūzenshi-dō | 八王子堂 Hachiōji-dō | 赤神権現堂 Akagami-Gongen-dō | 客人権現堂 Maroudo-Gongen-dō | 三の宮堂 Sannomiya-dō |
五社堂の祭神
現地でちゃんと確認すればよかったのですが、五社それぞれに対して祭神が配祀されているわけではなさそうです。
日吉大社を勧請?
ただ、一説によれば五社はもともと七社あって、日吉大社を勧請して造られたのだそうです。上記社名も確かに日吉大社のものと一致しています。
しかし、私個人の推測では、それは中世以降の「上書き」ではないかと思います。本来はナマハゲのモデルとなった5柱の鬼、いや、5人の渡来人を祀っていたのではないでしょうか。
ナマハゲ一家?
やはりと言うべきか、ナマハゲ一家(父+母+子供3人)を祀っているという説もあるようです。無人の社務所に、御一家のお名前が掲載されていました。
子 | 子 | 父 | 母 | 子 |
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眼光鬼 Gankō-ki | 首人鬼 Obiito-ki | 眉間 Miken | 逆頬 Sakatsura | 押領鬼 Ōryō-ki |
赤神山大神?
冒頭で述べた通り、赤神神社は日本神話の神を主祭神としつつも、一方で赤神山大神でもあるという立場を取っています。後者はその名の通り、山岳信仰をルーツとする土着神でしょう。
赤神山大神こと赤神は、十和田湖の女神を巡って津軽の黒神と争って敗れたという昔話があります。ここでは割愛しますが、『赤神と黒神』で検索してみてください。
赤神神社奥宮
奥宮が男鹿本山(715m)の頂上付近にあります。登山ブログではないのでここでは紹介しませんが、次回は行ってみたいものです。なお、五社堂から奥宮への登山道はありません。登山口は山の反対側、真山神社
御朱印
御朱印は五社堂近くの社務所にあります。社務所は普段、無人です。初穂料を置いて、持って行ってくださいパターン。残念ながら、私が参拝した時は1枚も残っていませんでした。