天手長男神社

天手長男神社

天手長男神社
あめのたながおじんじゃ
Ame-no-Tanagao-jinja Shrine
一点豪華主義の真逆を行く

天手長男神社に関する予備知識

天手長男神社は壱岐国一宮です。島の西南部にある小さな神社がそれに比定されていますが、実際のところは諸説あります。

当記事では、天手長男神社だけでなく壱岐の観光ガイドに掲載されている主な神社を網羅します。

天手長男神社の所在地

壱岐島は東北部に芦辺港、西南部に郷ノ浦港があり、それぞれが起終点となるケースが多いかと思います。天手長男神社は郷ノ浦港から3km程度の場所にあります。

以下のルートで巡回するのが高効率だと思います。もっとも、レンタカーであればそれほど意識しなくても半日で十分に廻れるかと思います。

長崎県壱岐市郷ノ浦町田中触730
730 Tanakafure, Gōnoura-chō, Iki city, Nagasaki Pref.

天手長男神社の祭神

主祭神
アメノオシホミミ(天忍穂耳尊)
Ame-no-Oshihomimi-no-mikoto
アメノタヂカラオ(天手力男命)
Ame-no-Tajikarao-no-mikoto
アメノウズメ(天鈿女命)
Ame-no-Uzume-no-mikoto

社名からして「アメノタナガオ」という土着の神様が祀られているのかなと予想していましたが、見事に外れました。

アメノタヂカラオ(天手力男命)とアメノウズメ(天鈿女命)は岩戸隠れ神話で活躍した神様です。アメノオシホミミ(天忍穂耳尊)はアマテラス(天照大神)の息子ですが、影が薄いです。

天手長男神社を主観的に格付け

由緒

★★★★☆
弘仁二年(811)創建

社格

★★☆☆☆
名神大社(論社)壱岐国一宮旧村社

知名度

★★☆☆☆

もし一宮神社の肩書が無ければ、地元の人以外は誰も知らないし読めないでしょう。

アクセス

★★☆☆☆
  • 郷ノ浦港→車で10分弱
  • 壱岐空港→車で約15分

壱岐は対馬に比べて面積が小さいだけでなく、地形も比較的平坦なので、島内のアクセスは楽です。しかも、ロードサイド店が立ち並ぶ幹線道路から近い場所にあります。ただ、広い駐車場が無いので星2です。

スケール

★☆☆☆☆

論社あるあるなのですが、一宮神社とは思えないほど小規模な神社です。

観光

★☆☆☆☆

神社やその近辺に限って言えば、観光要素は皆無です。ただし、後でも述べますが、それが島内をくまなく巡るためのモチベーションに繋がっています。

パワー

★★★☆☆
安産家内安全五穀豊穣

壱岐の地政学

壱岐国

対馬と同様、壱岐も離島でありながら『壱岐國いきのくに』という一つの「国」であった為、一宮神社が存在します。

半島からの交易ルート

太古の昔から日本と朝鮮半島との繋がりは深いです。中国からの使者も半島から対馬と壱岐を経由して福岡あたりに到達するのが一般的です。

『魏志倭人伝』に記される「一大國」は壱岐國のことであり、「一支國」(現代中国語の読みはイジ)の誤記であるという通説はほぼ間違い無いと思われます。「ジ/ギ/キ」はお互いに訛りやすいですからね。

壱岐の語源

壱岐いきの語源に関しては諸説あるようです。朝鮮半島へ行く時に経由する島なので「行きの島」が語源だという説がメジャーです。帰りはどうなんだと突っ込みたくなりますが。

私個人の推察で恐縮ですが、おそらく「隠岐の島」と同様に「沖の島」が語源だと思います。当時、この地域住人の発音が「Oki」よりも「Eoki」や「Iki」に近かったのではないでしょうか?

平坦な地形

先にも述べましたが、壱岐島は対馬に比べて面積が狭く、なおかつ地形も平坦です。それゆえに、狭い平地に集落が一極集中するのではなく、わりと満遍なく人が住んでいる印象です。

一宮神社が小振な理由ですが、もしかすると古代より中央集権ではなく多極分散型の支配構造だった為ではないでしょうか?

壱岐の神社めぐり

天手長男神社の前に、観光ガイドに掲載されている他の神社を紹介します。芦辺港を起点とする前提ですので、郷ノ浦港から入島した場合は逆に見てください。といっても、壱岐は端から端までアクセスしやすいので、それほど順番を意識しなくても大丈夫です。

男嶽神社・女嶽神社

男嶽神社

男嶽神社おんだけじんじゃは芦辺港から北へ3km程度の男嶽山に鎮座する神社です。少し山道を登りますが、いわゆる酷道険道ではないです。ただし、駐車場までの参道は急な坂道になっているので十分に気をつけましょう。

壱岐島の神社で最もパワースポット感のある神社だと思います。サルタヒコ(猿田彦大神)を主祭神としており、200体以上の猿の石像が圧巻です。また、境内から男嶽山の向かいにある女嶽山を眺望することができます。境内にある『おみやカフェ』もオススメです。

女嶽神社

男嶽神社と対を成すのが女嶽山に鎮座する女嶽神社めんだけじんじゃです。祭神はサルタヒコの妻であるアメノウズメ(天鈿女命)です。

女嶽神社に参拝する場合、男嶽山と女嶽山の間に男女岳公園という広い公園があるので、その駐車場に停めて徒歩で参拝することを推奨します。

車で境内まで行くことも可能は可能だそうですが、その場合は途中にある御神体を見逃すことになります。歩いて登るのはしんどいですが20分程度ですし、ぜひ途中にある御神体岩を拝んでほしいです。

聖母宮

聖母宮しょうもぐうは壱岐島西北の沿岸部に鎮座する小さな神社です。境内に駐車場はありませんが、裏手の港に駐車スペースがあります。

いちおう、平安時代の『延喜式』に記載される「壱岐国二宮中津神社」に比定されていますが、諸説あります。また、聖母というのは主祭神である神功皇后のことであり、マリア様とは関係ありません。

元寇(文永の役、1274)で元軍が上陸した地点にあたるそうです。もしかすると、社名と主祭神は元寇の後で置き換えられたのかもしれません。

住吉神社

住吉神社は島の中央部、幹線国道(R382)沿いにある神社です。おそらく、壱岐で最も参拝者の多い神社だと思われます。駐車場も広いです。

神功皇后が三韓征伐の帰路において、航海神である住吉三神をこの地に祀ったのがルーツとされています。だとすれば、日本で最初に創建された「住吉神社」ということになります。

月讀神社

月讀神社つきよみじんじゃは住吉神社から芦辺港方面へ向かう途中にあります。駐車場が整備されていますが、決して大きな神社ではありません。

主祭神は社名の通りツキヨミ(月読命)です。京都にも松尾大社の近くに月讀神社がありますが、なんと壱岐の月讀神社から勧請されたものだそうです。つまり、こちらが元祖というわけです。

興神社

興神社こうじんじゃは島の中央部、月讀神社を3kmほど南下したところに鎮座しています。小さな神社ですが、ここが「壱岐国一宮天手長男神社」だとする説が近年では有力らしいです。

すいません、次に紹介する塞神社と字面が似てるせいで、完全に立ち寄るのを忘れていました。壱岐を再訪した際には必ず参拝したいです。

塞神社

塞神社さいじんじゃは島の西南部、郷ノ浦港にほど近い『ふれ愛通り』の一角にあります。壱岐で最も賑やかなエリアですが、道が狭いので車は少し離れた場所に停めたほうが良いです。

なんというか、パワースポットと呼ぶべきか珍スポットと呼ぶべきか(笑)拝殿脇にある高さ3mの巨大なイチモツ像が圧巻です。子宝や縁結びのご利益があることは言うに及ばず。

祭神はアメノウズメ(天鈿女命)、岩戸隠れ神話でストリップダンスを踊った女神ですね。サルタヒコ(猿田彦大神)の妻なので、この神社ではサルメ(猿女君)と呼ばれています。

なんでも、明治時代頃まで「壱岐に上陸する男は女神にイチモツを見せないと怪我をする」と信じられており、ここで御照覧をおこなっていたそうです…

天手長男神社

さて、いよいよ天手長男神社を紹介します。幹線国道(R382)沿い、ダイソーのある交差点を曲がって100mほどの場所にあります。住吉神社と郷ノ浦港の中間地点あたりなので、本当は塞神社より先に行った方が良いです。

天手長男神社

本当に小振で簡素な一宮神社です。けれども、それで良いと思います。もし一点豪華主義の一宮神社だったら、他の神社を廻ることもなく、さっさと壱岐を去っていただろうと思います。一極集中ではない、多極分散のメリットだと思います。

天手長比賣神社趾

天手長男神社と道路を隔てて向かい側に、天手長比賣神社あめのたながひめじんじゃ趾があります。「趾」なので現在は社殿が無く、天手長男神社に合祀されているそうです。

しかし正直なところ、こちらの方がパワースポットぽさを感じました。鳥居まで残しているのに、あえて社殿を再建せずに「趾」としているのは何故なんでしょうね?

天手長男神社などの御朱印

拝殿に置かれています。日付は自分で書き込んでねパターンです。

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