
柞原八幡宮
Yuzuhara-Hachimangū Shrine
柞原八幡宮に関する予備知識
柞原八幡宮は大分市西部の山間部に鎮座する八幡神社です。もともとは宇佐神宮の別宮という位置付けでしたが、豊後国一宮となっています。
柞原八幡宮の呼称と表記
古くは「由原八幡宮」と表記されることが多かったようです。また、読み方は「いすはら」だったり「ゆすばる」だったりもするようですが、おそらく前者は歴史的仮名遣いによるもので、後者は現地の方言に忠実に表記したものだと思われます。
柞原八幡宮の所在地
柞原八幡宮の祭神
主祭神 | ホムダワケ(誉田別命) Homdawake-no-mikoto | 第15代応神天皇と同一 |
---|---|---|
タラシナカツヒコ(帯中日子命) Tarashi-Nakatsuhiko-no-mikoto | 第14代仲哀天皇と同一 | |
オキナガタラシヒメ(息長帯比女命) Okinaga-Tarashihime-no-mikoto | 神功皇后と同一 |
他の八幡神社と同様、応神天皇親子を八幡大神として祀っています。
柞原八幡宮を主観的に格付け
由緒
鎌倉時代に書かれた社伝によれば、平安時代(827)に延暦寺の僧である金亀和尚が建立したことになっています。
鳥羽法皇(1103-1156)や源範頼(1150-1193)も参拝に訪れ、大友氏など歴代領主からも篤い崇敬を受けてきました。
社格
知名度
宇佐神宮に比べると、全国的にはマイナーですよね。実際、参拝者は少なかったです。なぜ県や市はもっと宣伝しないんでしょうね?
アクセス
- 東九州自動車道『大分』IC→車で10分強
- JR西大分駅→やはたコミュニティバス乗車約10分『柞原』下車すぐ
バスはあるにはありますが、西大分駅発着なのと、運行本数が1日に数本しかありません。なので車がデフォルトになると思いますが、道幅の狭い区間が一部あり、その割には大型トラックが頻繁に行き交うので注意して走行しましょう。
スケール
想像していたより遥かに大きな神社なので驚きました。
観光
紅葉が見事でした。もっと観光地としてアピールしても良さそうに思えます。
パワー
パワースポットとしても十分に通用すると思います。
柞原八幡宮の周辺地域
大分市と別府市との境目付近、猿で有名な高崎山の東にある二葉山に鎮座しています。
柞原八幡宮境内
参道
赤い大きな鳥居から先が境内です。
南大門
赤い鳥居のすぐ先に南大門があります。明治三年(1870)の建立です。日暮し門とも呼ばれ、随所に彫刻が施されています。
勅使道
南大門の先で参道が分岐します。右斜めに分岐するほうの道は「勅使道」と呼ばれ、本殿正面の楼門へと続いています。ひとまず、そのまま左の参道を進むことにします。
西門
左の参道を進むと西門に到達します。江戸時代末期の建立と言われています。






神域
西門をくぐった先に社殿があります。うち何棟かは国の重要文化財に指定されています。
西回廊・東回廊
回廊は寛政十年(1798)の建立と見られています。西回廊には開運祈願用の大太鼓が設置されています。西回廊と東回廊の間に楼門があり、その正面に拝殿や本殿があります。
拝殿・申殿・本殿
本殿は嘉永三年(1850)に上棟された八幡造の建造物です。申殿と拝殿は宝暦年間(1750-1760頃)に再建されたものと考えられています。あいにく、参拝時は工事中でした。



勅使道
さて、西門から参道に出ます。帰りは楼門の正面に回って、勅使道を通ります。
楼門
勅使道からだと、楼門を正面から仰ぎ見ることができます。写真ではスケール感が伝わりにくいですが、かなり迫力があります。
大楠
南大門の近くにある大楠は国の天然記念物に指定されています。なんと、樹齢は3千年以上と言われています。あの伊能忠敬(1745-1818)も日記に「由原八幡宮境内に大楠あり周十四間」と書き残しています。





柞原八幡宮の御朱印
