
健軍神社
Kengun-jinja Shrine
健軍神社の予備知識
健軍神社は熊本市内で最も歴史の古い神社です。主祭神はこの地域の不服従勢力を制圧した豪族で、『火の国』の名付け親でもあります。
健軍神社の所在地
健軍神社の祭神
主祭神 | 健軍大神タケオクミ(健緒組命) Takeokumi-no-Mikoto |
---|
タケオクミは第10代崇神天皇(年代不詳)の勅命によって、この地域の不服従民族を制圧しました。そしてその功績で、初代国造に就任したとされています。
つまり今でいう県知事のようなものです。また、九州の古い呼称である『火の国』の名付け親という説もあります。
健軍神社を主観的に格付け
由緒
熊本市内の神社の中で最古の歴史を誇っています。
社格
知名度
アクセス
- 熊本電鉄『建軍校前』電停→徒歩15分
- 熊本都市バス『健軍神社前』バス停すぐ
スケール
境内はそれほど広くも狭くもありません。ただ、参道がものすごく広くて長いです。
観光
パワー
健軍神社の周辺地域
健軍神社は熊本市の市街地にあります。中心街からは少し離れているものの、幹線国道に近いエリアです。
熊本市の地政学
政令指定都市
熊本市は熊本県の県都であり、なおかつ約70万人の人口を擁する政令指定都市です。平均的な県都よりも遥かに大きな街です。
実は九州の中心
九州の中枢都市といえば、真っ先に福岡を思い浮かべる人が多いでしょう。しかし、明治時代くらいまでは熊本のほうが「九州の首都」的な役割を担っていました。
また、地理的な意味においても熊本は九州の中心に位置します。そのため、古代から九州を統治する上で重要な場所でした。



健軍神社境外
参道
健軍神社のセールスポイントとして、まず参道の大きさが挙げられます。
まず、熊本電鉄の八丁馬場電停付近に一の鳥居があります。ここから1,230m先の健軍神社まで、ずっと参道が続いています。また、道幅も20mくらいあります。
また、国道(R57)との交差点には加藤清正(1562-1611)の銅像があります。そう、この参道は加藤清正によって整備されたのです。



余談ですが、清正公の足元にアリ●ミンが写り込んでしまいました。でも、これはこれでシュールかも
楼門
長い参道を歩くと、前方に健軍神社の楼門が見えてきます。しかし、何か異様な光景です…
遠景だと、こんな鳥居くぐれるわけないだろと思ってしまいます。しかし、こう見えても高さは2m以上あります。よほどの巨人でない限り、しゃがまなくても普通に潜れます。
ちなみに、埋もれている理由は背後の立派な楼門を隠さないための配慮なのだそうです。



健軍神社境内
さて、楼門を潜って境内に入りましょう。
参道
境内の参道も拝殿に向けてまっすぐ綺麗に伸びています。また、後ろを振り返ると、長くて広い境外の参道を見渡すことができます。



本殿・拝殿
拝殿は流造の立派な建物です。



摂社・末社
拝殿に向かって左手側に、摂社・末社が並んでいます。いくつかは近代になって今の場所へ遷座し、健軍神社の管轄下になったものだそうです。このようなケースは全国の他の神社でも見られます。



その他
また、樹齢五百年の子宝銀杏や、樹齢七百年の大楠、それに『さざれ石』もあります。



健軍神社の御朱印
やはり熊本市内最古であることと、参道の長さを売りにしていますね。字面も独特で、かなり気に入っています。
