
大山祇神社
おおやまづみじんじゃ
Ōyamazumi-jinja Shrine
大山祇神社に関する予備知識
大山祇神社は瀬戸内海の大三島に鎮座する伊予国一宮です。祭神は海と山、双方の守り神であり、日本の総鎮守社とされています。
大山祇神社の所在地
大山祇神社の祭神
主祭神 | オオヤマヅミ(大山積大神) Ōyamazumi-no-Ōkami |
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オオヤマヅミ(大山積大神)は一般的に山の神様として知られています。しかし、『伊予国風土記』によれば別名が『和多志の大神』であり、山だけでなく海の神様も兼任していることになっています。
大山祇神社を主観的に格付け
由緒
社伝によれば推古天皇二年(594)とされているようです。主祭神の子孫である小千命によって創建されたことになっています。
小千命は「乎知命」と表記されることもあり、元来の読みは「こちのみこと」だと言われています。越智氏の祖先だという説もあります。
社格
知名度
駐車場は愛媛ナンバーと福山ナンバーだけかと思いきや、けっこう遠方のナンバーをたくさん見かけました。一宮神社としてだけでなく、海と山の鎮守社としてそれなりに名が通っているのかもしれません。
アクセス
- 西瀬戸自動車道『しまなみ海道』大三島IC→車で約10分(無料駐車場あり)
- JR今治駅→『宮浦港』行きの特急バスまたは急行バス乗車約65分『大山祇神社前』下車すぐ
瀬戸内海の真中に浮かぶ島ですが、しまなみ海道のおかげで車でのアクセスはそこそこ便利です。
バスに関してですが、今治市中心部のJR今治駅前から急行バス1時間に1本程度の感覚で発着しています。松山からも特急バスが1日に2〜3本あります。
一方、本州側のJR福山駅からは大三島BSまでなら直行バスがありますが、そこから先は上記今治発のバスに乗り継ぐかタクシーを使うことになります。
スケール
観光
パワー
大山祇神社の周辺地域
大三島の地政学
しまなみ海道
大三島は瀬戸内海に浮かぶ島の中ではそこそこ大きな島です。『瀬戸内しまなみ海道』こと、西瀬戸自動車道が通っています。そのため、行政上はバリィさんこと愛媛県今治市に属しますが、広島県側からもアクセスしやすいです。
ミシマ=神の島
大山祇神社はかつて『三嶋明神』と呼ばれ、三嶋とは「神の島」のことだと考えられています。ちなみに、静岡県にも三嶋大社がありますが、いずれも同じ神様を祀っています。
航海の難所
潮流が複雑な瀬戸内海ですが、とりわけ大三島と四国本土の間にあたる来島海峡は潮流の速さで知られています。潮流を熟知していないと安全に航海することは困難です。
大三島はかつて村上水軍の拠点の一つであり、大山祇神社は彼らの氏神神社です。彼らはこのあたりの潮流を熟知しており、瀬戸内海を安全に航海するための先導役であると同時に、様々な利権を握っていたであろうことが想像できます。


大山祇神社境外
よりにもよって正月三賀日に参拝したこともあって、駐車場前で渋滞に遭いました。通常期であれば高速道路のICから10分もあれば来られるはずです。
境内付近からは島内最高峰である鷲ヶ頭山(436m)が見えます。大山祇神社の御神体山の一つであり、数字以上に大きくて険しい山に見えます。
ニノ鳥居が神社の入口となっています。ちなみに、一ノ鳥居はここから750mほど離れた海岸付近にあります。


大山祇神社境内
参道
総門
鳥居をくぐった先に綺麗な総門があります。2010年に再建されたもので、鎌倉時代(1322)に消失して以来、初めての再建だそうです。


小千命御手植えの楠
樹齢2600年とも言われる天然記念物の大楠です。神社の創建者である小千命によって植樹されたものだという伝承があります。

神門
江戸時代(1661)に松山藩主であった松平定長の寄進によるもので、2016年に再建されました。



神域
拝殿
室町時代初期(1427)に再建され、桃山時代(1602)に修繕されたものです。国の重要文化財に指定されています。
本殿
三間社流造の建造物です。拝殿と同様、室町時代(1427)に再建されたもので、国の重要文化財に指定されています。
上津社
上津社は本殿の向かって右手に鎮座する摂社です。本殿と同様、三間社流造で室町時代に再建されたものです。こちらも国の重要文化財に指定されています。
祭神は上津姫で、大雷神とされています。
下津社
下津社は本殿の向かって右手に鎮座する摂社です。本殿と同様、三間社流造で室町時代に再建されたものです。
祭神は下津姫で、水神である高籠神と同一神扱いされています。




大山祇神社の御朱印
